人間なん情報がイッパイ!
人間なん批判の底の浅さについて
「…おいら、死んじゃったんだね。」
死後の世界は見せてはいけない規則だ。
しかし、規則違反は今更だ。
もう予定者リストを書き換えられた時点で俺の未来は終わっている。
櫻井翔が泣きながら必死で実体を揺さぶっているのを、大野智は優しく見つめている。
「…ありがと。」
「何がだよ?」
「死因…書き換えてくれたんでしょう?」
大野智が心臓をそっと押さえる。
「……知らね。」
苦しそうな姿を見て、
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15:21 15:20 溺死 心臓発作
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溺れている途中で書き換えたのだ。
規則違反が少し増えたくらいで俺の受ける叱責の温度は変わらない。
溺死だと、魂になった大野智が文句を言う可能性があったから。
それに溺死だと藻掻くからどんどん身体が沈んでしまい、死体の回収も難しい。
櫻井翔が無駄に死ぬ可能性が高くなる。
そんなの俺にとっても面倒だから。
ただそれだけだ。
死神に余計な感情なんて持
合わせる必要が無い。
「最後……」
「え?」
──最後、アイツに何て言ったんだ?
そう聞きかけて、口を噤んだ。
何となく…俺が聞いてしまってはいけない気がした。
理由はわからない。
だけど…
櫻井翔が小さな身体で教えてくれと泣きながら空の身体を抱き締める姿を見て、胸が痛んだ。
こんなとこ、痛んだことなんてないのに。
今日の俺は…変だ。
櫻井翔も、大野智も。
何故俺は人間なんかに…
『同情』。してるんだろう。
「何でもねぇ。行くぞ。」
「…うん…。翔くん……また、ね。」
またね、か。
ジャキン。
魂と身体を繋ぐ線を、躊躇い無くハサミで切った。
そうすることが、俺の任務で唯一の使命だから。
「まずいですねぇ~。」
間延びした声で叱責する、表情の変わらない主任に頭を下げる。
「すみませんでした。」
これ以外の台詞は無意味だ。
大野智の魂を天界へと送った。
これからが楽しい楽しい説教タイムだ。
どうせ今からロウソクが短くなる。
さて、俺は消えるのか、あるいは……。
「最後の最後で死亡時刻と死因まで書き換えてしまうとは…。そんな前代未聞の失態に、あの二人がわざわざこちらまで見えるそうです。」
「…あの二人…って…」
「ゴウ様と、ケン様ですよ。」
主任がそう言った直後、ゴォッと突風が吹く。
「っ!!」
突然吹いた風に目を瞑っていると…目の前の主任は居なくなっており、代わりに真っ白な服と真っ黒な服を纏った二人が現れた。
ご丁寧に豪華な椅子ごとのお越しだ。
「お前…やってくれたねぇ~。名前と死因と死亡時刻と…おまけに死後の世界まで見せるとは。どんだけ違反すんだよ、あらゆる違反のオンパレードで一発退場じゃねぇか。」
お目にかかるのは初めてだが、すぐにどちらがどちらかわかった。
真っ黒な服のゴウ様が報告書を片手に、言葉とは裏腹にニヤリと笑いながら足を組む。
「ほんと、勘弁してよ~こう見えて俺ら処理すんの大変なんだぜ?でもさぁ…魂と会ったけど、面白い子だったから。ひっさびさに候補としていいかなって思ったんだよね!」
真っ白な服のケン様が楽しそうに口角を上げる。
…候補?話が読めない。
「あ…の……どういう…?」
「アイツ…おおの…?つったっけな。12年後に現世に戻る方法はないのかってうるっせーの。」
ゴウ様が口元の髭を指でなぞる。
「大野智ね。いやさ、聞いてよ!俺らが神の次の権力者だって聞いた途端、どんな形でもいいから戻らせて欲しいってすごい剣幕でゴウの襟首掴んだんだよ!貝でもミミズでも雑草でもいいからって!
泣く子も黙るどころか神ですら手を焼くゴウの襟首を!もーマジでウケる!あの時のゴウと周りにいた連中の顔!!(笑)」
思い出したのか、ケン様が手を叩いて笑う。
「うるせぇぞケン!お前も縋られて眉下げてたろ!」
「俺には泣きついてたもん。いやー可愛かったな、あの時の大野♪」
ゴウ様とケン様は天界一の変わり者だ。
好き勝手やる気分屋の、怖いもの無しな双子だ。(双子、と周りに呼ばれているだけで生まれた瞬間のことは誰も知らないし見た目も違う。)
しかし、それより何より権力図で言うと神の次席。
誰も逆らえない。
…時には神でさえも。
そこに噛み付いた、大野智。
櫻井翔のためなら何でもしてしまいそうな姿がいとも簡単に想像出来てしまって、苦笑する。
死んで尚、諦めていないところがアイツらしい。
「…あの、それで候補というのは…?」
「あぁ…そう。だからね、今『死神』足りないからさぁ。ほら、413号が消滅したばっかじゃん。だから記憶を消して死神にしてやろうかと思って。」
ケン様が気に入っているらしい人間の呼び名の『死神』という言葉を使う。
「大野智を…ですか?」
「おう。それでその目当ての…えーとなんだっけ…」
「櫻井翔!全然名前覚えないねゴウは!」
「るせぇ、いちいち人間の名前なんて覚えてられっか。…その、櫻井…ナントカに会う、限りなく低い可能性を作ってやろうと思って。」
「俺らやっさしいでしょ!」
「面白がってるだけだろお前は。」
「へへ、バレた?(笑)」
限りなく低い可能性──。
その通りだ、と思う。
ナンバリングされれば自動的に記憶は消去される。
ゼロからのスタートだ。
俺もナンバリングされた後からの記憶しか持ち合わせていない。
死神になりあの地域の担当を請け負ったからと言って、12年の間に櫻井翔の名が手帳に浮かび上がらなければ、出会うことは無い。
しかし…
確かにこれなら、可能性はゼロではない。
『どんな姿になっても』……。
人魚の鱗、などというただの貝殻の欠片がもたらしたとは思えない。
これは間違いなく大野智が
自らの手で勝ち取った、微かな希望の光だ。
「俺は…消滅でしょうか。」
「いや。お前その顔で結構優等生なんだな。まだ余力はギリギリあるから安心しろ。」
その顔で、というのはどういうことだ。
しかし、それなら…安心した。
「あの…1つ、お願いがあります。」
お二人は顔を見合わせた。
俺は、その奇跡を…信じてみたい、と思った。
例え、自分が死神でなくなったとしても。